恩師を訪ねて~古英語の海原に舟を編む~

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ゼミを持たれてどうだったか?

村山: で、先生実際ゼミ持ってそうでした?はじめて持ったその年から今まで。

小島: 一番思ったのは、自分が教えた学生の中から自分の後継者っていうか、同じようなことを一生懸命やるような奴が出ないだろうと思ってたの。

村山: ひどいな、先生。そんな私今初めて聞きましたけど思ってなかったんですか?(笑)

小島: いや、こんな面倒な手間暇かかることをね、普通の人は嫌がる。でもゼミを持ってみたら結構いるじゃない。

村山: そうですね。

小島: それはちょっとびっくりしてる。で、きちんと教えてよかったなあとは思う。当時はね、「あんまりこんなことをやるやつはいないだろうなあ」っていうね。だってほんとに大変なんです。手間ばっかりかかって。一番嫌なことをきちんとやらずに、表面だけやってもできちゃうので、そういう人たちは多いけど。手間かかることをやる人っていうのは意外といるもんだなと。

村山: 全国各地に先生の後継者がいますよね。

小島: それはちょっと当初から考えると意外だった。でも、良かったなあと思う。

写真:ゼミを持って

古英語の海の、舟を編む

村山: 4年前に出版された「古英語辞典」は完成までに20年くらいかかったんでしたっけ?

小島: いつから始めたのか自分でも記憶が定かじゃないんだけど、原稿が出来上がるまでに10年。構想からは、14年か15、16年かかったかなあ?校正が出来るのは僕とプロの人たちだけだから。

村山: そうか、誰でも校正できるわけではないんですね。

小島: うん。校正だけで3年以上かかってる。

村山: いくつの時にこれを作ろうと思ったんですか?

小島: えっとね、原稿依頼されたのはロンドンから戻って来てからかな。
だから96年くらい。この本屋さんっていうのはものすごくアバウトな本屋さんで、契約書とかそういう物が一切無いんですよ。時々社長がふら~っとここに来て話をするんですけど、そんな中、「じゃあやりますか」って。

村山: 「じゃあ先生、古英語の辞書作りますか」って?

小島: そうそう。だから催促もなにもない。〆切もなんにもないんです。出来あがった日が締切日なの。

村山: すごいですね。じゃあ例えば10何年後に「原稿できたよ」「ああ、わかりました」って感じだったんですか?

小島: そうです。

村山: すごい会社ですね!(笑)

小島: 他の本も全部同じパターン。

村山: でも逆に普通〆切に追われてやるけど、自分で〆切を決めるとなると尚更困るじゃないですか。

小島: うん。困るんだけど、なんかこういうことやってるのがすごい好きで。普段朝学校行く時起きるの嫌なんだけど、もう夏休みなんかになると、なんか早くぱっと起きて。

村山: いそいそと起きて?

小島: 机に向かい始めるの(笑)

村山: 「今日はいくつ作ろうかな」とか「今日はなんの項をやろうかな」とか?

小島: そうそう。でもそれが予定通りには全然いかなくて。もう一個の単語で一週間かかってどうしようもない単語っていうもあるの。それはね、一個だけ自慢があるんだけど、どこにも書いてない単語の意味がここに書いてあるの。

村山: ???

小島: 世界中どこに行っても書いてないんです。これ探した時、探しあぐねて困っちゃって。

村山: それは文章の中にその単語が出てきたんですか?

小島: いや、じゃなくてね、要するにたった一語で一個の意味っていう。例文なんかない。で、その単語の意味がわからなくて、ケンブリッジが出した本にもその単語が載っていて、訳も英語でついてるんだけどこれをネイティブが見ても意味がわからないんです。

村山: えー?

小島: なんだかわからないの。でもなんとかしないといけないわけよ。で、いろんなものを探してて。たまたまこれ。

村山: これはなんですか?

小島: これ方言辞典なのね。本当はものすごく高い本なの。それを南門のところに早稲田進省堂っていう古本屋があって。そこの床にぼろっと置いてあったんです(笑)

村山: (笑)

小島: で、僕はもう学生の頃からそれが欲しくてしょうがなかったの。とにかく手が出ないの。高くて。で、そこの親父に「いくら?」って聞いたら「先生、一万円でいいですよ」「買った!」って(笑)で、しばらくこれを置いておいて原稿をやってる時に、はたと「そうだ、これ見てみよう」と。そうしたらあるイギリスのど田舎の方言に似たような単語があるわけ。「あ、これだ!」って。ちょうどその単語が出てくる文献もその地方のものだったし。やっとこれで探し当てたので、みなさん意味がわかるようになったの。ただ「水車を回すための堰」という意味なんだけれども(笑)

村山: 「水車を回すための堰」というのが一単語?

小島: そうそう。それ一個で一週間どころじゃなかった。

村山: ほんとうに発掘作業ですね。

小島: フィールドワーク大事なの。例文探すだけでもフィールドワークはすごく大変だから。

村山: 単語は例えば「この単語載せよう」って自分で決めていかれたんですか?

写真:古英語の海の、舟を編む

小島: それはね、ケンブリッジとかオックスフォードから出ている辞書を基にしつつ、自分なりにかなりの修正と加筆をして、という感じかな。だから元本は一応ある。でも、これは書いていて本当に面白かった。さすがに最後のほうになると焦りが出たけどね。もうそろそろ仕上げなきゃって(笑)

村山: そうですよね、やろうと思えばいくらでも作れるんですもんね。

小島: うん。そういったことを続けて、4万3千語。1個1個書いて、辞書にしたの。

村山: この辞書で上智大学のヨゼフ・ロゲンドルフ賞も貰われて、その時にとても尊敬している先生からコメントをいただいたそうですね。

小島: それはね、もう今は上智大学を辞められた渡部昇一先生っていう、新聞なんかでもやたら有名な人なんだけど、喧嘩好きの人で。この辞書を出した時に一番怖かったのが渡部先生。なに言われるかって。そしたらその先生がその賞で一番推薦してくれていたって初めて知って。それがすごくうれしかった。いやほんと渡部先生って怖い人だから(笑)

村山: (笑)先生でも怖い人がいるんですね(笑)

小島: いるんです。偉い先生いっぱいいるから(笑)あれはほんとうれしかった。たまたまその授賞式の時にいた上智の選考委員の中の一人の先生が僕にそれを話してくれた。「実は渡部先生が一番推したんだよ」って。もうこれで怖いものなし(笑)

村山: お墨付き(笑)

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