フリーペーパーの内容の企画から取材・執筆・紙面構成・生産手配まで、学生の自分たちで手がけていたあの頃。ただがむしゃらに突き進んでいくことしかできなかった当時から、大学を卒業して3年。社会人になった今だからこそ感じる、出版物・印刷物へ対する気持ちと向き合いながら臨んだ対談は電子書籍や音楽、旅の話へと広がる。
恩師を訪ねて第三弾、
多摩美術大学 芸術学科教授で美術ジャーナリストの小川敦生教授を訪ねました。
1988年日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社後、音楽、美術などのジャーナリズムの各分野で活動する。月刊「日経アート」誌編集長や同社編集委員を経て、日本経済新聞社文化部へ。美術担当記者として多くの記事を執筆。2012年から現職。
主な執筆記事に「美の美 パウル・クレー 色彩と線の交響楽(1)〜(4)」(日本経済新聞)、「美の美 画鬼、河鍋暁斎(上)(中)(下)」(同)、「『越後妻有 大地の芸術祭』3.12地震で被害 “地域の絆”再生誓う」(同)、「藤田嗣治の技法解明 乳白色の美生んだタルク」(同)、「画壇の読み方」(にっけいあーと)、「『セザンヌ展』から読み解く『近代絵画の父』の素顔 」(日経ビジネスオンライン)、「瀬戸内芸術祭 写真で巡る『島とアート海の旅』」(日経電子版)がある。
水上印刷株式会社
美術大学卒業。ゼミではフリーペーパーのデザインを作成しており、IllustratorやPhotoshopを使って仕事をしたかったという。紙媒体の仕事に携わりたいと印刷業界メインで就職活動を開始。大学の進路指導室で最初に紹介されたのが水上印刷だった。
第1志望で就職活動を進め、水上印刷に入社を果たす。入社後は制作部DTPチームで某コンビニエンスストアの仕事をしながらDTPの基礎を学ぶ。
現在は、拡大中の外食チームのオペレーターを担当。先輩にメニューなどの画像補正を学びながら忙しくも充実とした日々を過ごしている。
「周りが見渡せるオペレーターになる!」と強い意志を持つ彼女は、外食オペレーターの次期リーダー候補である。
実践的なジャーナリズム
萬代: 本日はよろしくお願いします。
小川: よろしくお願いします。今は社会人になって何年目でしたっけ?
萬代: 今年の4月で3年目になりました。
小川: そうですか、萬代さんがいたときの事がついこの前のことのように感じますけど、もうそんなに経ったんですね。
萬代: 先生は私が在学中だった頃のこと、覚えていますか?
小川: すごくよく覚えていますよ。
たしか2013年、私がここへ来て2年目に萬代さんがゼミに入ってきたと記憶しています。
萬代: そうですね、先生のフィールドワーク設計ゼミが開講して2期目でした。
ゼミで発行しているフリーペーパー「Whooops!」のVol.4、Vol.5辺りの時ですね。
小川: 多摩美へ来て雑誌を作ろうと決めて、大学のゼミでも雑誌を発行できることが分かった頃ですね。ゼミ生も増えて「このまま軌道に乗ればいいな」と思っていた時期。
萬代: その中で私はどういった印象でした?
小川: ゼミ生がたくさんいたので全体的に活気があったのですが、中でも非常に明るく、それでいておしとやかで。すごく果敢に企画もあげてくれましたね。最初の企画では山梨県まで行ったんでしたっけ?
萬代: そうです。「えんぴつと紙」という企画で鉛筆彫刻家の方を訪ねて、初めての取材でまさかの山梨県でした。
小川: 企画会議のとき「一人で取材に行くのは不安だ」と言っていましたね。
萬代: どうしよう、となりました(笑)。
結局、カメラマン担当の学生と二人で電車に揺られながら山梨県まで行きましたね。
でも面白かったです。すごくいい記事が出来ましたよね。
今働いている印刷会社でも校正とか読み合わせをする時があって「あの頃に校正記号とかを勉強しておいてよかったな」とすごく思うんですよ。ゼミで勉強していなかったら本当にちんぷんかんぷんだったので。
小川: 私も、自分が学んできたことの中で良かったことを授業でみなさんにお伝えしようと思っています。ただ、それが世の中全部に通じるわけではないんですよね。それでも、少しでも土台になってくれればな、と思って。
萬代: 小川先生のゼミは学生自ら企画を出して、自分たちで取材に行くのを小川先生が見守る、というスタンスでやっていたじゃないですか。だからすごく自由の利く、というか、自分が動けば自分の好きな記事が書けるいい体験だったな、と思うんですよね。
小川: みんなの立てる企画案、すごかったですよね。私がびっくりするくらい、みんな果敢に挑戦するなと思って。実は、取材が成立しないんじゃないかなーと不安に思ってた企画がいっぱいありました(笑)。それでも7割くらいはアポイントが取れていたのではないですかね? 結構有名人にオファーを取って、ね?
萬代: そうですね。俳優の竹中直人さんを先輩方が取材していた時はすごくびっくりしました。
「学生だから出来ることがあるな」と、今改めて思います。今の私が取材をお願いしても、きっと断れられてしまうような取材が学生の頃は出来ましたから。
学生だったからこそ「全然ウェルカムだよ」というスタンスで受けてくださる人がすごくいっぱいいて。
小川: そのおかげで雑誌もずいぶん立派になってしまって。私も結構びっくりしたんですよ。
萬代: あの頃は「どうせならみんなが知っているような知名度のある人たちを取材していかないといけないな」という気持ちでやっていたんですけど、今思うと本当によく取材を受けてくれたな、と思います。学生は強いですね(笑)。
美大で行うエディトリアルデザイン
萬代: ところで、芸術学科は実技のカリキュラムが増えたと聞いたのですが、何故なのでしょう?
小川: 芸術学科は理論を勉強するところなのですが、油彩画や日本画を描いたり彫刻を彫ったりする実技を通して理論への理解を深めようということで増やしています。他の大学の芸術学科とはちょっと違う特色を作ろう、ということですね。他にはやはり実技に近いんですけど、エディトリアルデザイン(※1)の部分を強化しています。
※1:エディトリアルデザイン(editorial design)。
雑誌や書籍などの出版物の誌面デザイン。読み手の視線や記事の意図を考えた文字や写真の効果的な配置、フォントの選択などを行う。
小川: 絵や彫刻のためのスタジオや「編集室」という部屋を作って、いわゆる実技やDTPがやりやすい環境を作ったり、良いプリンターを入れたりとか。だいぶ進化したんですよ。
今ゼミで作成している雑誌の最新号は全部、学科内のレーザープリンターで印刷しています。折機と中綴じ機も導入したんですよ。
萬代: うわー、いいなー!
小川: ただ安いやつだから、ちゃんと真ん中で折れていないとか、そういうちょっと不良品みたいなものも出来たりすることもあるんですけどね。
萬代: でも綺麗に出来ていますね。
今でもデザインはグラフィックデザイン学科の学生にお願いしているんですか?
小川: デザインもほとんどゼミ内でやるようになったんです。
逆にもうちょっとゼミ外と関わりを持とうかな、とも思っているくらいです。
萬代: 全部ゼミ内で完結出来れば、すごく楽だなとは思うんですけど、他の学科と関わっていくのも醍醐味ですもんね。
そういえば私も誌面のデザイン、やらせてもらいましたよね?
小川: そうそう。
私は記者だったのでグラフィックデザインは専門ではないんですよね。インデザインのようなレイアウト用のソフトウェアもちゃんとは使えないし。「グラフィックデザインはどうしようかな」と思っていたら、ゼミ生の一人が「大学の中でデザイナーを見つけよう」と。萬代さんの時も相談してやりましたよね。
最初は「もし出来なかったら、適当にワードかなにかで自分で作っちゃおうかな」と思っていたんですけど、そんな心配は全然いらなくて「さすが美大だな!」と思いましたよ。
萬代: そうですね。
他の大学と違うところは、そういうデザインが出来る人、しかもプロ並みの力を持った人が学内にいるところではないかなと思います。
雑誌は文章がメインになりがちなのですが、美大で雑誌を作るとなるとデザインも凝るし、そういうところもメインになっていくのが美大の中のエディトリアル部門の面白いところかなと思いますね。
今ではあの頃とは比べものにもならないほどイラストレーターを使っているし、印刷会社さんの気持ちがすごくよく分かるようにもなりました。「なんでもっと早く入稿してくれないんだろう」とか「データの作りが」とか、そういうのが分かるようになったからこそ、今携われたら面白いんだろうなと思いますね。
小川: 今はそういう意味では学科外のデザイナーに頼まなくなった分、一回出して戻して、という時間的なロスがなくなっていて、そこは効率化されているんですよね。
萬代: 直したい時にすぐ直せるという。
あの頃「あ、ここで文字が増えたからデザインの修正をお願いしなきゃ」とかいろいろありましたもんね。
小川: そして、ようやく今年度から、書籍のレイアウトのためのソフトウェアの中でも主流であるインデザインでやり始めたんですよ。その前までは、イラストレーターというソフトウェアでページごとにばらばらにやっていたのでずいぶん効率が上がっています。
萬代: そうなんですか。もう全部インデザインで組んでいるんですか?
小川: カリキュラムが変わり、今年の1年生からはインデザインを1年目から学べるようになりました。
萬代: みんながどういうところに就職していくか分からないですが、それはすごく強みになると思います(笑)。