ビジネススキルとしてのデザイン

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高度な知識をなるべく分かりやすい形で届けたい。それは今の時代の命題。

松尾:まさにビジネスマンが身に付けないといけない視野ということですね。

稲葉:まさにそうです。デザインはそれを非常に端的にやっているので、学びがいがある。デザインには、発想から最終的なアウトプットまでを作り出すまでの全ての工程があるのが強いポイントですね。プロセスに価値があるよね、ということで応用されて、注目されている。そして、実際にデザイン制作をやってみると、自らが応用できるプロセスの元をつかむことができる。

松尾:デザイナーが工程のサイクルをどう回しているか、自分で手を動かしてみることで体感するほうが、早いし応用もできる。

稲葉:そう、応用できる。自分自身で勘どころをつかんだほうが、より多くのシーンで自分なりにデザイン行為ができる。

デザインって、例えば経営もそうだと思うけど、すごくできることが広くて扱うものが大きいので、簡単に定義できるものではない。だからデザインをどこにどう活用するかは、いろんな立場の人がそれぞれ自分で考える必要がある。そもそものデザインの本質が分かっていなかったら、デザインの力や可能性を活かすことはできない。それをなるべく短い時間で、効果的に学ぶことができる場を作りたいと思っています。

デザイナーになることではなく、プロジェクトにおいて「この段階はデザイナーに任せよう」といった判断ができるようになるのが目的です。デザインの判断者が、どうやってプロジェクトを回していくのか、どうやってマネジメントしていくかが大事なんです。

松尾:なるほど、分かりやすいですね。今のお話を聞いて腑に落ちました。ビジネスマンがデザインを学ぶべき理由が。ホットワードになっている「デザイン思考」は何が新しいんだろうと思っていましたが、デザイナーが最終的なアウトプットをするまでに自然に回しているPDCAサイクル、そのプロセスがビジネスに応用できるんじゃないかということですね。

高度な知識をなるべく分かりやすい形で届けたい。それは今の時代の命題。

松尾 力

松尾 力
水上印刷株式会社
大学卒業後、経済産業省に入省。中小企業政策や福島復興政策、対ASEAN通商政策などに携わった後、2014年に水上印刷株式会社へ入社。
採用担当などを経て、現在は大手外食チェーンの営業を担当する傍ら、社内の新規事業開発会議、ビジネス・イノベーション・ブレインストーミング(通称:BIB)を主催し、既存の価値と、新しい価値の融合による新規事業の立ち上げを牽引する。“情熱は世界をより素晴らしいものにできる”をテーマに情熱人にスポットをあてたDigital Magazine「The PASSION」の共同編集長を務める。

稲葉:デザイナーがやっていることをフレーム化した人がいて「いいんじゃない?」と広めた。知識だけではよく分からないですよね。例えば「リーン・スタートアップと何が違うの?」とか「PDCAと何が違うの?」とか。その差はノンデザイナーがパッと分かるものではないし、体得しないと分からないものです。

うちでよくお伝えしているのが「デザインは頭と手の両方でやらないと分からない」ということです。美大でもよく言われることなんですけど、頭に知識だけを入れても分かるものではない。実際に作ってみて、それで初めてデザイン行為は何なのかが、腑に落ちてくる。

松尾:僕はつい頭だけでやっちゃおうと思う派です(笑)。

稲葉:今の人たちって頭にいろんな知識を入れていかなきゃいけない。どんどん高度化している中でプログラミングや経営、英語を学んだ上に最先端のAIの理解も深めて、いろいろなことをわかっていかなければならない。

その中で、高度な知識をなるべくわかりやすい形でお届けすることが、今の時代の重要な命題ではないかなと思っていて。

知識をなるべく分かりやすく提供する仕組みを作り、多くの人への共有がなされることで、社会を良くすることができるんじゃないかなと思っています。

松尾:「分かりにくいものを分かりにくいままにしておく」という人は多いですよね。

稲葉:ただし、それは一方で事実でもあるんです。分かりにくいものは分かりにくい。

デザインもそうで、すごく難しい奥が深いものだし、人間の生き方の問題を考えるのがデザイン行為。ほんとに深いんですけど、その深みを無視するわけではなく、質の良い学びをアクセスしやすい形でなるべく早く、みなさんに届けられたらいいなと思っています。

松尾:それを聞くと、デザインだけじゃなくて他の分野もそうなっていってほしいですよね。

稲葉:そう思いますね、ほんとに大変な時代だと思うので。私が他の分野を学ぼうと思ってもつらいと思いますよ。最先端のいろいろなことを十分に知ろうと思うと、時間もかかるし。それを「いやこれは大変なことだから簡単に伝えられない」となってしまうのではなく、まずは分かりやすく教えるよ、というところがあってもいいのかなと思います。

高度な知識を持っている人たちが、お互いにできるだけ分かりやすく伝え合って、この複雑な状況をみんなで理解して、協力しながら突破していかなければ、これからの時代は乗り越えられないんじゃないかなと思っています。

弁護士から「アートマネジメント」へ

松尾:そういう思いは、学生のときからあったんですか?この仕事をするきっかけというか。

稲葉:学生の時はそこまで考えていなかったですね。やっぱり情報過多で高度化する時代を自分で体験したことが大きかったです。

高校生の時は大学は法学部に行こうと思っていたんです。理論立てて喋ったりするのが好きなので、何となく弁護士になろうかと。

松尾:稲葉さんが弁護士でついてくれたら、心強いですね(笑)。

稲葉:一年間浪人している間に、東京に出て来て一人暮らしをしていたんですけど、一人になるといろいろなことを考えて「自分の人生、このままでいいのかな」と。「よりよく生きる」とは、「幸福」とはなんだろうと考え始めたときに、アートや文化はすごく大事なものなのに、意外と自分の身近にはないことに気づいたんです。

あまり体験したこともないし、享受した記憶もそこまでない。そもそもよく知らない。

芸術文化は、人間が生きることに本質的に関係しているし、人間の幸福とか根本的な「生」に非常に密接な存在なのに「なぜ自分にとっても、社会にとってもこんなに遠い存在として扱われているんだろう?」と疑問に思ったのが最初ですね。

もしかしたらそれは「社会的な構造が悪いのか、仕組みがないのか。あるいは、どこか閉じた場所にあるか、みたいな原因があるんじゃないか?」という気がして、その理由が知りたかったのがまず1つ。

理由が分かれば、自分自身も芸術文化を享受できるようになる。そして「自分が通った過程を他の人にも提供してあげられるかもしれない」と思いました。

そんなことを考えているときに「アートマネジメント」という言葉に出会ったんですね。デザイナーやアーティストではないけど、アートやデザインと社会をつなぐ役割が世の中に存在することを知って。そういう人を養成する場所を見つけて、美術大学に進学しました。

弁護士から「アートマネジメント」へ

松尾:美大にそういう場所があることすら、知らないですよね。

稲葉:私も「アートマネジメント」という言葉に出会わなかったら、美大に行ったか分からなかったですね。美大は自分が行く場所じゃないと思っていましたし。美術部だったわけじゃないし、絵が大好きというわけでもなかったので。自分はそういうタイプじゃないと思っていました。

松尾:てっきりそういうタイプなんだと思っていました(笑)。最初はアートが好きで入って、作るのもいいけどマネジメントもいいなと思って、そっちの方向に進んだのかと。

稲葉:逆なんですよね。うちは親も経営者で、元来ビジネス的な感覚が強いんです。それが美術大学に入って、4年間どっぷり美大の人になりました(笑)。その後、経営大学院に入って逆のパターンをやっている感じ。ビジネスとアートの領域を横断する利点は大きいのに、実際ビジネスとアートを横断される方はすごく少ない。それが自分の強みにつながっているかなと思います。

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