デザインを知らないと、お客さんの目に最終的に触れるアウトプットをコントロールできない
松尾:他のいろいろなこと、例えばファイナンスや経営戦略は知っていても、デザインに関しては全く分からないというビジネスマンは多いですよね。
稲葉:デザインはビジネスの一環なので、デザインなしでビジネスを考えることはできないはず。マーケティングの知識がゼロだったら、ビジネスの全体を考えることはできないですよね。本当はデザインもビジネススキルの1つに位置付けられるはずなんだけど、されていない。
松尾:ビジネスの1つのスキルとして、認識されていなかったということですね。
稲葉:そうですね、これまでは。だけど本当は必要なんです。デザインを知らないと、最終的にお客さんの目や手に触れるモノをコントロールできません。
どんなに戦略を立ててマーケティングしてオペレーションしても、最終的にお客さんが触れるデザインを分かっていなければ台無しになります。最終的にお客さんの目や手に触れる商品にしても、ウェブサイトにしても、消費者が認知する段階でデザインは必ず出てきますよね。
消費者はデザインを通して、その企業やブランドに触れているんです。会社のイメージも、ロゴマークやコーポレートカラーなど、デザインで表現されている。それをコントロールするということが、ビジネスにおいて重要なんです。
デザインで発想していく
稲葉:もう1つのポイントは、デザインで発想していくということです。
松尾:いわゆる「デザイン思考」ですね。
稲葉:そうですね。デザインを本当に発想に使っていこうというのであれば、デザインリテラシーが必要だと思っています。デザインリテラシーとは、デザインの造形理論、デザイン制作のプロセス、知覚、歴史や文化に関する理解、そういったものを指しますが、そうしたスキルを身につけてデザインを使いこなす能力を持つことが「デザインで発想していくこと」につながります。
デザインがビジネスと強く関わる点として今注目されているのは大きく分けて2点あると思います。1つ目は、お客さんとの接点である、最下流のアウトプットのコントロールをするところ。2つ目は最上流の、戦略やコンセプトを立てたり発想したりするところ。
松尾:言われてみればその通りですね。
稲葉:よくあるんです。若い起業家で事業プランのアイディアは良いね、でもウェブサイトはものすごくひどいねって(笑)。会社のイメージがそれだけしかないという状態だと、アイディアは良くても伸び悩みますよね。
でもデザインが優れていれば、顧客体験が圧倒的に良いものになる。使いやすいね、良いものだねってすぐ認知される。そこが悪いともう、がっくり(笑)。
デザインの良し悪しでどれくらいの差が出るか、その効果をあまり認識していない人は多いですね。単純に学ぶ機会がない、やりたいけどできない、後回しにしよう、となってしまっているだけだとも思うのですが。
ビジネススキルとしてのデザイン
松尾:「WEデザインスクール」ではこれから、どういう内容の授業をやっていくんですか?
稲葉:デザインをマネジメントしていく、経営やビジネスに活かしていこうという方に、デザインリテラシーを身に付けてもらうのが「WEデザインスクール」の目的です。
そのために、最初はグラフィックデザイン、敢えてモノのデザインからスタートします。例えばブランディングも、小さなモノの積み重ねなんです。大きなフレームが先にあってそこに何かを入れる、というわけではなくて。その小さなモノ一つ一つを判断していかなければ、ブランディングの構築はできないですよね。
会社を構築していくのも同じです。石垣を作る石、一つ一つを判断する目がなければ、城はできない。そういうことを知ってもらえるよう、モノの一つ一つを判断するための理論をお教えするのが最初の内容になります。
松尾:てっきり逆だと思っていました。ブランディングはコンセプトがどーんとあって、周りに波及していくものかと。
稲葉:もちろんそういう側面もあります。ただ、コンセプトを考える時に、それがどういったアウトプットを持つのかをイメージしながら考える。考えてイメージする。アウトプットからもう一度考える。そうやってぐるぐる回す過程が非常に重要なんです。デザイナーは常にそういうことをやっているから強い。
戦略を立てて、戦術に落とし込んで、そして運用する。その中で何かがうまくいかなかった時に、ぐるぐる回しながら検討するということが必要ですね。PDCAサイクルにしても、そこにデザインという最終的なアウトプットがあって、そのアウトプットであるデザインを判断できなければ正しいPDCAは回らない。どういうフィードバックがあったか、顧客体験があったかを読み取る必要があるんです。そこが非常に重要なので。
松尾:なるほど。それがグラフィックからスタートする、つまりモノから始める理由ですね。
稲葉:デザインを発想やプラン作成に活かしていこうというときでも、デザインを作る際に用いられていたプロセスを参考に、応用して簡略化されたものが使われている。それだったら実際にデザインを制作して学んだほうがよりいいんじゃないか、というのが私たちの考えですね。
松尾:デザイナーにとっては、PDCAをぐるぐる回すのは当たり前だと。
稲葉:そうなんです。PDCAという言い方ではないですけどね。
デザイナーは思い付きやひらめきでやっているわけではなくて、徹底的な検証や観察を重ねています。例えば人にインタビューをしてみたり、実際に使ってもらったりする。実験もしてみる。それから、造形に関する理論、色の持つ効果といった理論を理解したうえで、さらに自分でも体感してみる。
その商品が、文化的にどういう位置に存在するか、歴史的な位置づけはどこなのか。商品を提供しようとしている社会は、どういう文化観や価値観があって、どこに訴えかけていくのか。
そういうことをやっているのがデザインなので、そういう視野を身に付けていくことが重要です。