ベンチャーキャピタルから見た「日本企業と印刷会社(後編)」

ベンチャーキャピタルから見た「日本企業と印刷会社(後編)」


業界としてはある種オールドエコノミーの典型である印刷会社。そんな印刷会社がもっと成長するためには印刷という従来の枠の中に居続けてはいけないのではないか。そんな想いを抱えていた時に、今回の対談の機会に恵まれました。
外の会社との接点のあるベンチャーキャピタル(以下VC)の目から見て、印刷会社はどういう風に見えているのか。印刷会社が新しい方向に向かうとした時に「自分たちに足りないものは何か」、「新しい会社が持っているものは何か」。

今回は、事業に直接関わるのではなく、“資本”による間接的なアプローチで数々の事業を起業家と共に立ち上げてきたVC、株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズCOO今野穣さんにお話しを伺いました。


今野 穣
今野 穣
株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ
最高執行責任者(COO)

HP:http://www.globiscapital.co.jp/

-Profile-
株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ最高執行責任者(COO)。同社入社以前は、経営コンサルティング会社(アーサーアンダーセン、現PwC)にて、プロジェクトマネジャーとして、中期経営計画策定・PMI・営業オペレーション改革などのコンサルティング業務に従事。
日本発の新しい『産業』、グローバル企業の創造への貢献を目指し、人の流れ、情報の流れ、金の流れを変えるプラットフォームの創造をキーワードに掲げ、『投資家』であると同時に『共同経営者/経営支援者』として、日本経済の発展・創造に寄与。
遠藤 拓哉
遠藤 拓哉
水上印刷株式会社
ICT革新部 次長
HP:http://www.mic-p.com/
-Profile-
大学卒業後、NTTデータに入社。流通業界向けのITソリューション営業の後、人材開発コンサルタントや公共・金融分野の人事人材開発のプロジェクトリーダーとしてグローバル人材育成等に携わった後、2016年1月水上印刷株式会社にICT革新部の部門長として参画。
「攻めのIT経営」とグローバル化を推進するため、社内ベンチャーさながらのスタンスでお客様や世の中への貢献と会社の成長に向けて旗を振る。
”情熱は世界をより素晴らしいものにできる”をテーマに情熱人にスポットをあてた本Digital Magazine「The PASSION」の共同編集長を務める。


前編 後編

組織を作る“人”を見る

遠藤: さっきの、そこで良い会社ってじゃあどんな会社かっていう話をちょっと立ち戻って聞きたいんですけど。

今野: はい。

遠藤: “人を見る”ところに、御社の目利きが意外とあるんじゃないかって話だったと思うんですけど。何かコツはあるんですかね。時間をかけるとか。それとも独特の観点で見ていくとか。

今野: えっと、まあ時間もかけます。いきなりはじめまして出資してくださいって言って、あーいいよじゃなくて。うちの社内のメンバーに指示を出していることですが、利害関係より人間関係を先に作るようにしています。もう本当にこの仕事って、特に事業立ち上げ直後とか、公私の境がないぐらい、起業家と距離が近くなったりするんです。逆に言うと、僕らみたいに立ち上げ出資の時、ある程度若いときはそういう近い関係になれないとあまり投資は出来ない。というか、しても上手くいかないケースの方が多いです。
なので、まず時間をかけます。起業家自身のモチベーションのよりどころを結構見ますね。自分のマスターベーションの為に起業しようとしているのか、もしくは自分のコンプレックスとかが起業の動機ではあるかもしれないけど、社会を変えるために起業しようとしているのか。昔は結構いたんです。前職になじめなかった人が…。

遠藤: リベンジとして?

今野: うん。そういうケース。昔は多かった。最近ほとんどないけど。そんなのもう問題にならないですよね。話になんないですよね。なぜなら、いずれ上場企業になっていってもらう事を目指しているので。そうすると結局、モチベーションは社会に対してのパブリックマインドが無い限り、どんな優秀な人でも、そもそもの入り口にうちの場合は入れない。っていうのが一つ。
もう一つは、それこそ上場する会社ってどんなに少なくたって、数十人の会社にはなるわけなので、そのときこの人は100人の従業員のトップになっているかっていう、イメージを持てるかどうかを結構重要視しています。
元々単なる事業立ち上げが上手な人なんかは、本当にそのパブリックな会社になる器があるのかどうか。その時に、どういう経営メンバー、どういうチームで組むか。組んできているか、みたいな。結構…見えるんですよね。結局、自分の子分を横において起業するのか、自分より優秀な人を横に置いてるのかで会社のその後の成長角度は違うわけですよ。

遠藤: うんうんうん。

今野: 前者のほうであれば、自分が万能と勘違いしているか、単純に自分の言うこと聞く人間で固めましたっていうのか。挑む相手がその先にあるのに結局そういう内向きの発想なんだ?っていう話です。後者の場合は、自分が始めたかもしれないけど、そのサービスを成功させるためには自分より優秀な人とか、自分より給料高い人を雇うんだね、みたいな。結構、そういう心の部分をよく見ますね。
所謂うまく行っていない投資家は、スキルやテーマだけ見て判断してしまう。どのチームが何やっているかを見ずに、最近IoTだよね、投資しよう、みたいな。

遠藤: あー、なるほどね。

今野: そうなるわけですけど、実は個者要因が大事。それって、最近IoTだよねって言うけど別にその会社に投資する理由でも何でもないからさ。

遠藤: 世の中に…。

今野: そう。世の中に、等しく転がっているテーマなので、この会社かもしれないっていう決め手はチーム、経営チームなのかな、と思いますけど、でもポイントを挙げるとしたら専門的なスキル以外のビジョンを語って人を集められる求心力や、リーダーシップとか、ビジョンの在り所とか。経営チームのバランスをどうとっているのかとか。よく見たりします。

遠藤: なるほど…。ありがとうございます。

写真:組織を作る“人”を見る

これからのスタートアップ企業と印刷業界

遠藤: 先ほどポジション取りの切り口は世の中の外部要因に左右されるという話がありましたが、問題解決や、ニーズに対するスタートアップというか、テーマ。もしくはこんなVB出来上がったらいいな、立ち上がってくれたらいいんじゃないかな、みたいな期待はありますか?

今野: んー。技術ドリブンとサービスドリブンと両方あるんですけど。サービスのほうを分かりやすい例で言うと、極めて明確でシェアリングエコノミーとCtoCですよね。要は利活用。もはやBが関わらない、関われない、世の中になっている。今まで供給者とユーザーが居て、それがネットになってフラットになって、今度は別にこれCでも出来るんじゃない?っていう世代に確実になっているので。まあそれがUBER(ウーバー)であり、Airbnb(エアビーアンドビー)であり、まあCtoCだったりするのと。
あと「メルカリ」みたいなのがこれだけ流行っているのはやっぱりその利活用。大量生産大量消費を前提としない、購買を前提としないという意味ではその2つが明確に大きな波だと思っていますし、そろそろこれが、このレベルでいうと出揃っている感があるから早くしたほうがいいよっていう感じ。その時に印刷業界ってどういう関わりが出来るのか。印刷そのものをシェアリングできるのか、CtoC化出来るのかっていうのはあるかもしれないけれど。

1つ面白い事例があって、「ヌッテ」(※1)っていう会社は個人の裁縫職人さんにダイレクトでネットで注文して、繋ぐサービスなんです。

※1 あなただけの縫製工場「nutte(ヌッテ)」
https://nutte.jp/

遠藤: ヌッテ。“縫う”のヌッテ?

今野: そう、“縫う”のヌッテ。でまあ、世の中どっかでころっと変われば大きく取れると思うんだけど、小さなものはもう取れていて、アキバ系の受注がすごいみたい。直接作る一点ものだから融通が利く。結局CtoCって何かって言うと、1つはダイレクトセールスですけど、もう1つは1to1で個別ニーズを拾うということ。
他にも、「アキッパ」という会社で駐車場のシェアでうちが投資して伸びているところが1つあって。世の中にとってその土地にニーズがなくても、ある方にとってニーズがあったら需要100%埋まるんですよ。それって今までタイムズがこの人通り何人居るから、ここ駐車場できるよね、という風に決めていた最大公約数的なものじゃなくて、例えば長野県のある田舎の辺鄙なところで常に埋まっている駐車スペースが1台あって、これなんでか聞きに行ったらその近くにある学校の先生が使っていた。
要は、その通りはその人しか通らないかもしれないんだけどその人にとっては必要なスペースなんですよね。
というようなことが、1to1のCtoCではじめて出来るわけですよ。BtoCだと経済合理的に、最大多数の最大幸福しか求められないけれど。CtoCならCにとってベストなニーズをCが持ってくる。C同士で繋いで、N対Nでマッチングするって感じですね。1つのBが多に対して供給しようとするから、一番多いところに供給せざるを得ないんです。N対Nを上手く運営すれば、1つ1つ、1対1が出来るわけですよ。そういう意味では、今までの企業体の大部分がなってくるかもしれない。もう印刷業界どうとかそういうレベルじゃないかもしれないことが、有り得るかもしれないですね。そういう意味ではCtoCを推します。

※2 駐車場予約ならakippa | 予約できる格安駐車場
https://www.akippa.com/

今野: それからもう1つは、利活用、セカンダリーマーケットですね。二次流通マーケットは間違いなく今に増える。その二つは確実にくるでしょう。ま、もう来てますね。あとはだからそれをどういうセクターで、どういうチームで、どういう入り方するかって話。

あと、技術ドリブンの方はAI、人工知能でどう変わるかっていう。変わんないかもしれないし変わるかもしれないってところですけど。それでどう変わるかっていうところですね。

遠藤: ちょっとその1to1、CtoCって…1to1のニーズがビジネスにつながるって、結構印刷会社にとっては凄いハッとさせられますね。結局、印刷って1対Nが起源だったから。

今野: それレバレッジする方法でしたもんね。人に知らせる為に刷っているみたいなもの。

遠藤: そうです。その宣伝にしても宗教にしても、誰かのおふれにしても。同じ情報を誰かに、いろんな人に同時に伝えるために大量に刷って大量に配るっていうのが印刷会社の発端なんですけど、今年2016年、Drupa(ドルッパ)っていう展示会があってドイツに行ってきて、そこではデジタル印刷機がここ数年ずっと各社から出展されていて、改めて元年になるんじゃないかって言われていました。理由は、所謂その従来の大量印刷する、オフセット印刷機と、変わらないぐらいのスピードと品質のデジタル機が出たんですよ。速いと1時間に1万3千枚出るんですけど。デジタルで出来るっていうことは1万3千パターン違う印刷が出来るってことになるんです。
あの、まあ昔でいう自費出版みたいなものや、自分のものを高品質で刷りたいみたいな個人のニーズも満たせるかもしれないです。
それのもう一段次の発展系がもしかしたら起きるのかもしれないな。っていう。
ただ、印刷をベースに考えちゃうとなんですけれど。

今野: いや、起きると思いますよ。

遠藤: うーん。

今野: そうですね。シェアリングエコノミーって業界用語では言っているんですけど、実はユーザーから見るとオンデマンドエコノミー。要はシェアって手法の問題で、重たいアセットで稼動が落ちているものを切り取ったら、また掘り起こせるよねっていう。供給側のロジックなんですけど、UBER(ウーバー)にしろなんにしろ、基本オンデマンドエコノミー。今、何かこうニーズが出たら、すぐ手元に手に入るっていうのが多分本質。それをするために、初期投資が重いとそんなに動きだせないのを、要はまあ1to1のケースね、オンデマンドであり1to1であり、それは軽い投資でダウンサイズして、パーソナライズして、誰にでも行き渡るようにするっていう事は間違いなく不可逆だとおもいます。それに対応、まあ印刷業界がどうかはわからないですけれど。対応できない成長を前提として、設備投資でぶんまわしている人たちは、これからやりかたによっちゃしんどいだろうね。

遠藤: BtoBtoCっていうのが今の我々の会社の基本スタンスなんですけど、Cを直接見るとか、まあ、もっとCを意識して逆算してBと組むみたいな事を考えておかないとそのマーケットで組みたいBの売上げ自体が下がりかねないってことですね。

今野: そうですね。それこそCtoCの元締めやればいいじゃん、もしくはCtoCの元締めをやる人達と組んで印刷の総量を減らさないっていう事をしたほうがいいと思いますけどね。
要は、印刷されるであろうチャネルがどんどん変わっていくと。一番上の。変わっていくと思うんですよね。

遠藤: うん。

今野: 一つはデジタルになり、一つは多分その供給者が変わっていくっていうか。まあ…電通・博報堂ですら多分成長を維持できないと思うんですよね、今のままでいると。なぜなら大手のアカウントマネジメントしかしないから、彼らは。でそれはその、CtoCの時代の時に、大手企業通らないセカンダリー流通のビジネスボリュームが一定程度間違いなく出るわけで、そうなった時に、そこの印刷の商流を握っておくみたいなのが面白いと思うし、わからないけど、3Dプリンターとかやりゃあ良いじゃんとかすごい思うんですけどね。

遠藤: なるほど。

今野: それこそ3DプリンターってCtoCの一つのきっかけになるかもしれない。それは製造業も含めて。金型とかが出来るっていいますし。

遠藤: 例えばまあ、月並みだけれども。自分じゃ使えない、買えない3Dプリンターとか。Cだと買えないものを持つことによって。それをまあ時間貸ししちゃうと多分、利幅は少ないと思うけれども。誰かが欲しい、アセットを持つことによって誰かにシェアすることで、間の対価を得ることになる。

今野: うん。それも全然。なぜなら3Dプリンターへの投資は投資でかかるかもしれないけれど。既存ってもっと大きな、ヘヴィーな、工場の金型からのこう…オンデマンド化なので十分…バリューは出ると思いますけどね。

遠藤: なるほどね。

今野: そうすることによってじゃあ今度は何かというと、多分だけど、少量多品種の生産に耐えうるオペレーションは作れますっていうチームが作れるかもしれない。そっから入って、ここポジションとったら。みたいな。例えば。入り口は3Dプリンターかもしれない。

遠藤: あー。うんうんうん。実際今印刷物自体は少量多品種。

今野: ってそうなってますよね。

遠藤: そう、当社は少量多品種を受けるっていう風にしてビジネスを回していますね。
なるほど。ありがとうございます。

今野: はい。

写真:これからのスタートアップ企業と印刷業界

VCとは世の中の代謝促進役

遠藤: まあ、凄く月並みですけど。VCって改めてどういう役割というか、VCとは何か、というか。

今野: なんだろうなぁ。

遠藤: うん。

今野: 格好良く言えば世直ししているつもりではいますけどね。世の中の新陳代謝を促している。いろんな意味で。黒子だと思っています。
まあ、両方見えているって言うのはやっぱ…起業家と大企業を見えている、見ているって意味では、その間にいるので。
で、日本の一番の大きな問題って新陳代謝が起きないって事だから、それをこう、なんていうのかな、こっち側から突き上げることによって循環を促して、新しい雇用とか引き出したい。
ベンチャーキャピタルって面白いのは、アメリカとかだと生み出した雇用数とかが結構レピテーションになったりするんですね。

遠藤: へー。

今野: 儲かれば良いってことじゃなくて。特にアメリカって、ある意味歴史もアセットも伝統的な大企業も無いんで新しい産業に賭けるんです。
で、彼らは新陳代謝が前提となっているような世の中っていうのは認識しているので、そうですけど、日本の場合ってね。いろんなものが先発完投というか。終身雇用にしても。市場受けるプレイヤーにしても。それを促す人が居ないと、多分変わらなくって、で、その中でお金を、周りに流す、供給するということで新陳代謝を促している、みたいなのがVCの役割かな。

遠藤: その、投資先の一社をどうしようっていうよりは世の中全体をどうするかって考えた時に、どこの会社に元気になって大きくなってもらったらいいかっていう考え方ですね。多分最初に入ったコンサル会社のクライアントは大きな会社で、大きな会社の中をどうやって新陳代謝させようかって話だった気がするんですけど。

今野: そうですね。

遠藤: それをもっと広く世の中を見たときに、日本が良くなるために、どういう元気な会社が、多くなっていったら良いかっていうような…。

今野: そうそう。

遠藤: 会社を。

今野: そのとおりです。

遠藤: なるほど。
そういう意味だと、水上印刷は本当にもっともっと。まあ、70年経っているからこそ、より新鮮に、なんか新しいこと考えないといけないのかなっていう感じはしますね。

今野: 投資先に設立後76年でそうやって変えて来ている会社も実際あるし、多分御社も変わっているほうではあるとは思いますけど。強いから勝つんじゃなくて、変化し続けたものが勝つんだ、みたいな言葉ありますよね。そんな話の典型だなあと思いますね。

遠藤: なるほど。ありがとうございます。

写真:VCとは世の中の代謝促進役

【編集後記】
自分も別の企業から転職してこの会社に参画しましたが、別の観点で印刷会社を見ている人に話を聞けたことで、改めて印刷会社ができること、すべきことがあると実感しました。
また、ITやインターネットの力で従来のモデルを転換することができるはずですし、自分達が変わったと思っても、世の中はもっと変化が激しそうなので、しかるべき変化をしていきたいとも感じました。

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